二冊目の日記

日記 no.42

晴れ。

元住吉でレンタカーをピックして愛甲郡愛川町へドライブ。

道中、そば屋「満留賀」で鱧天ざる大盛りを食べて、ベトナム寺に寄る。青い流れの、静かな川のほとりにあるお寺。ホーチミンの住職が日本滞在中に亡命中のベトナム仏教徒の信仰の場として、あるいは在日ベトナム難民のためのコミュニティスペースとして建てたものらしい。誰もいないようだったが、日曜には近場から遠方からその多くが別のベトナム人に会うために、ある人は電車で3時間もかけて、時には350人ほども参拝者が集まるらしい。

服部牧場へ。

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併設されているアイスクリーム屋のラムレーズンが美味しかった。

宮ヶ瀬湖畔園地で鴨を眺め、清川村ふれあいセンター別所の湯に浸かって帰路へ。

元住吉で台湾料理を食べて帰宅。

 

 

 

 

日記 no.41

曇りのち雨。

7時半に起床して、TREKを受け取りに川崎まで。
5時間半睡眠の体のだるさだが、ここ最近朝寝昼起きが習慣化していたので悪くない。

乗り心地は上々だが、立ち回りが掴めず苦戦する。

小さくなって国道を走っているとそれなりの間隔で自転車用通行帯を路駐車が塞いでいるが、できるだけ車道側にはみ出さないようゆっくり避けると125ccがスレスレを掠めていくし、鶴見辺りから神奈川新町方面へ下る15号は特に路肩が狭い割に相変わらず車はビュンビュン飛ばしっぱなしなので、仕方なく適当なところで1.5人分程度のこれまた惨めな幅の歩道にお邪魔すると、ノイキャンでこちらに気づく様子のない若い男の背中を眺める時間を過ごすことになる。

横断設備がしっかりしている交差点の場合はさらに面倒で、左折車の内側をすり抜けて横断帯を渡ると巻き込まれる可能性があるから予め歩道に入って横断するが、何かの都合で車道側に出られなくなると、またもや勝手に一人で急いてじりつく面倒な人といった具合になってしまい、なんとも所在がない。

そこで、自転車ではなく軽車両に乗っている、という考え方を試してみるとこれがうまくいく。件の人の割合が多い交差点の横断は内側ではなく左折車の外側即ち第二車線側に膨らめば解決するし、路駐車は直前で避けずに遠目に見えた段階で車のような顔をして車線の真ん中を走っていれば良い。

横断帯という不毛な択は拒否し、歩行者専用歩道橋のない3車線道路はこちらのいいようにやらせてもらうだけというシンプルな話を、どうやら自分だけがわかっていなかったらしい。

日記 no.40

晴れ。

仕事をして夕方にクリーニングの受け取りと退職願の印刷。

夜にみんなでNHKスペシャルのOSO18特集を見る。

本来は草花や木の実を食べて生きるはずが、人間が増やした動物のおかげで肉の味を覚え、挙句足は2cmも腫れ上がり、最後は雄熊から逃れながら、生きた牛も襲えず死骸を拾い食いして南に向かっていたところを、OSOとも知られず町役場の職員に牧草地の上で呆気なく撃ち殺され、東京で250食分のジビエ料理として1人前7,800円で供された9歳の雄熊。

行動圏のオソツベツからオタクパウシまで、彼が辿った65kmの道のりはどんなものだったのだろう。写真の中の目が忘れられない。

ヒグマは2年生きるというが、OSO18は9歳だった。5歳で初めて牛を襲い、気づけば4年間で襲った牛の数は65にまでのぼっていた、熊は一旦学習するとそれを繰り返すように行動が変わってしまう動物だというナレーションがあったが、人間も同じだ。

自衛のために意図的に取り入れたはずのものが放射能のようにわずかにわずかに溜まっていって、気づけばもうそれが回りきっていて関節の動かし方も話し方も決められた仕方でしかできなくなっているというそのイメージ。

数千人が一分で殺されるのと、数十万人が十日、あるいは六ヶ月の間に殺されるのと、どこが違うというんだ?/ひとり殺されたときに、ショックを受けるべきだったんだ。*1

 

バックキャスティングなんてしていたら「最初も最後も、なんだかこじれる」。

「条件は“単純なことを想う”」。

youtu.be

*1:サミュエル・フラー/吉村和明・北村陽子訳『映画は戦場だ!』(筑摩書房、1990年)、143頁。

日記 no.39

曇り時々晴れのち小雨。

 

ここ数日雨続きだったので、チョコザップから帰って洗濯をして庭に出たときの青空と昼間の明るさが嬉しかった。数分後にはまた雲に覆われて暗くなってしまったが。

外で2回川上さんに会った。1回目は(こちらは気づいていなかったが)スーパーに向かう道で、2回目は電車の席に座ったら向かいが川上さんだった。家の人たちと外で偶然会ったことがなかったから新鮮だった。

 

夕方からは武道館で小沢健二のライブ。初武道館。『LIFE』の30周年を記念するライブで、「当時と同じ録音メンバーでアルバム完全再現」というコンセプトらしかった。

開演から20分ほど遅れてのスタート。暗転して「流星ビバップ」。
煽る彼に対してその場の観客のほとんど誰もが一律に同様に手を挙げてレスポンスし、斉唱して、それにまた応えるように彼もボルテージを上げていく、といったオーソドックスな手順。

ライティングもチカチカしたり、歌うオザケンの後ろ姿に神々しさみたいなんを演出したりとごくありきたりなもので、細やかさよりも迫力や一体感に重きを置いたお団子PAも相まって「これが数時間続くのなら少し辛いな」と思っていたところで、オザケンが「総立ちってなんか古い」と観客を窘めてシッティングを促したときはやるやんと感心した。

その後も「拍手ってなんかうざい」とビートニクを引き合いに出して、クールに賛意を示すための方法としてピンスナップを勧めていたり、観客がクラップを入れるタイミングを細かく指定したりと、なんだか実習みたいな感じだった。そういうタイプの先生いたし、本人もやりがいを感じていそう(ソースが適当すぎるのが…だが)。

観客が座ると「サマージャム'95」を挟んで「天使たちのシーン」。

手元に配られた歌詞カードをスマホの液晶で照らす人たちの、紙に遮られている分さっきよりはまばらになった提灯の星の中で、ゆるゆるとソロ回しをしていくルーズさがよかった。歪んだロックな感じのギターソロ──原曲はペラペラな音で、突出していなくて、李朝白磁みたいに結論的かつ禁欲的で、頭の中の鼻歌みたいに過程的でもある音──やその後に「赤ちゃんが泣いていて本当に嬉しい」と言っていたことで、最近のやたらカジュアルなオザケンのモードがなんとなくわかったような気になった。すまし汁のような高貴さやストイシズムよりも、あら汁のように猥雑でルーズで慈愛に満ちていること、でもそれはとても「天使たちのシーン」的なスタンスだと思う。

youtu.be

 

今回、事前にネット上で「携帯用提灯」なるもの(スマホサイズの画像?)が配布されており、それをペンライトのようにかざす瞬間があったが、星空みたいで本当に綺麗だった。ハイライトかもしれない。他方で斉唱、煽りに代表される「ミュージシャンと観客の一体感」「熱狂」に支えられたストリームというのは、どういう形であれば健全に成立するのか気になった。みんながみんなのやり方・目的で楽しめるオンライン配信が普及した時代であればなおさらのこと。採算と名誉と実績を一旦デトックスして、もっとアイデアフル・ストレートになれば楽しいと思うし、そういう意味ではこのライブは大箱&大人数という前提を、一世を風靡したことがあるという事実を活かした企画で面白かった。結果でなく手段としての大箱。

ボンボンであることを活かしまくって好きなことばっかりしていたゴダールのことを思い出しながら、自分は小沢健二が好きというか「天使たちのシーン」が好きなだけかもしれないと思った。

日記 no.38

晴れのち雷。

15時頃に犬の散歩。体力がキツそうだったので早々に帰宅する。

Natalia Lafourcadeの2022年のアルバム『De Todas las Flores』のリリックビデオを見る。録音いい感じ。

youtu.be

12曲それぞれのMVが繋がっているという仕掛けで、それをやり遂げる体力にまず敬服するが、受ける印象としては、単に「各曲のMVをつなげて一本にした」というより、「あらかじめモンタージュされた1つのビデオがあって、それがチャプターとして分けられている」といった方が近い。

最近こういうトータルアルバム的なものに触れる機会がなかったのでありがたい。被写体(曲)に備わるある要素がきっかけになって、その要素を部分的に持つ別の被写体(曲)を誘発する、その並置的な連鎖でグルーヴが立ち上がってくるという感じの古典的な、なだらかな繋ぎ。

「Canta la arena」とかまるで繋がっていないし散漫なところもあるのに退屈でないしその散漫さがいいなと思う、映画なんかと比べると音楽には弛緩や冗長さが心地よさとして機能しやすい性質があるのだろうか、と考える。スペイン語の粘り気のある響きが助けている部分もあるのかもしれない。



これは全然関係ないいい写真

日記 no.37

晴れのち雷雲。

今日は雷落ちず。

こちらに帰ってきてから身体が重たい。

犬の散歩をしながら、どの道も狭い割に車の往来だけは多く、ハイペースで新築戸建が建つものだから些細な見応えもどんどん消えていってここには到底住めない、と年々強く思うようになってきていることを実感する。市民の8割は「住みやすい地域」と答えているらしいので、きっと相性が悪すぎる(でも、なにと?)だけなのだろうなと思う。

 

やたら相続や墓守の話をされたが、思っていたより嫌でなかったことが意外だった。いくらかお役所仕事的な乾いた性質を帯びているからだろうか。

 

散歩から帰る途中、沈む日に向かって自転車を漕ぐ男を見る。その鉛を背負い込んだみたいな背中が、15kmほど西の国道沿いに建つ流行りのアニメのクレーンゲームと少しの中古ソフト、中古楽器類がスカスカに陳列されたゲーセン兼リサイクルショップの切れかけてやたら白い蛍光灯のチラつきの下でぼうと立っている、数年前には民家や田んぼだった場所が、マーケティングも美辞麗句も捨てた剥き出しの介護施設になっていることを思う、向こうを向いた黒い男の人称のない輪郭に、暗いままのリビングで毒々しく光るテレビが反射するイメージが立ち上がってきて我に返る。

日記 no.36

曇り時々小雨。

昼は祖母と鰻。
「昔からお客さんが来るときはここの出前」だったという「鳥峰」が完売、というか1週間先まで提供できないほどの客入りとのことで「鳥常」へ。

うな重 上(2,700円)

 

祖母が「氷でも」とご馳走してくれるようだったので「三船屋」で小休止。

 

桐生に行ってみたかった「亜露麻館」という喫茶店があったので一人軽トラドライブ。50号線を道なりに進む。車線は狭く視界が開ける瞬間もないので気持ち良くはない。

 

アイスコーヒーを頼んだら「アイスコーヒーだと深煎りになっちゃいますけど……」とどうしてもホットでいってほしそうな表情をされたのでコスタリカをホットで注文。

浅煎りの波。

しばらくすると「手が空いたので」とアイスウインナーコーヒーをくれた。デザートとしてアイスコーヒーを楽しむやり方があるのだと思った。