二冊目の日記

3/8(月) 金沢

4:00

アパートを出発。いつもの通り沿いのセブンに寄り、締め切りが迫っているエントリーシートをPDF化してカフェオレを買う。小雨がパラついている程度で、傘を差すほどでもないので、顔にひんやりと早朝の冷気を感じながら井の頭公園へと神田川沿いを歩く。まだ辺りは真夜中とさして変わりない暗さで、しかし21にもなると周囲を眺めるだけの余裕も出てくるものだと自分に感心している矢先、右手の竹林がカサコソと鳴ったのにびびり、調子の良さに苦笑いするような気持ちでいるのは、向こうに段々と脚を強めてきた小雨がかかってぼやけている井の頭公園駅の街灯が届いてきた辺りで、そういえばここはこの間鷺がいたところだと思い出し、水のほとんど干上がっている左手の神田川に目を遣ると、こんなこともあるものか、アオサギがつい5日前のあのままの格好で佇み低く声を住宅街に響かせていて、なんとも幸先の良い旅出である。

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4:42

吉祥寺駅4番線、中央線快速東京行に乗車。始発だというのに車内にはそれなりに乗客がいる。東京駅まで座るほどの距離でもないので、乗降口とならない方のドアに寄りかかってこれを書いている。この旅に持ってきた本は3冊。友部正人『歌をさがして』は、友部とユミさんが1時間に一本の各駅停車しか止まらないような海沿いの駅で下車し海岸線を歩き云々というエピソードが収録されていたような記憶があって、出発ギリギリで本棚から抜き取ってきた。

内田百閒『第一阿呆列車』の冒頭、<用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。>の一節こそがおれをこの旅に押し出したと言っても過言ではない。とはいえこちらはまだ行き先は決まっておらず、というのも、漠然と目星をつけていた岡山にしろ金沢にしろ、終点を乗り継いで一旦米原までは出なくてはならないからで、まだまだ時間もあるので、そこは追々決めていく。

岡山だったのは、瀬戸内の穏やかな海を見てみたくなったからだった。一方で金沢が候補にあったのは、バッグに入っている3冊目、古井由吉『雪の下の蟹』の影響が濃い。古井がエッセイの中で言っていた”高度成長の喧騒から外れた悠長なテンポ”というやつに触れてみたくなったのだ。

 

6:51

次は根府川。首が痛くなってきて顔をあげたら、手前の道路が浮いていて驚いたのは、曇り空と灰色の海の色の近さに、境界となる水平線が消失していたからだった。

ハライチのターンを聞いているが、トンネルに入るたび電波が届かなくなるので本を読む。

 

7:28

三島で降車し乗り換えるが、先程から車内のロングシートに腰掛ける顔ぶれがほとんど変わっていない。旅行に来ているのに、熱海から程遠くないのに、学生服やスーツばかりの東京と何も変わらない通勤ラッシュ!

 

8:36

あれほど窮屈だった東海道本線も、東静岡、静岡と終点に近づくにつれ降りてゆく乗客の姿が目立ち始め、さっきまでの混雑がウソのような浜松行き。静岡駅はやはりターミナル駅なのだろうか。

 

10:12

もうどのくらいになるのか。しばらくスマホを握りしめたまま眠っていたからわからないが、少し前に浜松に到着し、新快速大垣行に乗り込む。やっとボックスシートで、こんな効率を度外視した無駄だらけの形状はとうとう東京を離れたのだという実感をもたらしてくれるが、こんなところにまで「現在コロナウイルスの感染・拡大防止のため〜」というアナウンスがしっかりと波及している。と、そんなことを書いているうちに豊橋に到着。

 

12:32

関ヶ原は一年前のような霊気じみたものは全く感じ取れず、小雨続きでどんよりしていた空も晴れ渡り、車窓に射す陽が眩しい。大垣でパンを買い、米原へ向かう。景色は田んぼ一辺倒で大しておもしろくないが、山あいにひっそりと切り拓かれた田の隙を、用水路が陽をキラキラ反射しながら流れていく様子が心地いい。

 

13:19

虎姫、河毛。車窓から外を眺めていると、一瞬遠くの木が空中に浮いて見えるような、あの海がひらけた感覚. と陽のきらめきがほんの数秒目に飛び込んでくる。一面緑のその奥を道路が通り、晴れも相まって車の往来がよく確認できる。そのもうひとつ向こうには海にしか見えない琵琶湖があり、その光景は海岸線に似ていた。

 

13:48

近江塩津にて待ち合わせのため小休憩。ベンチには座布団が敷いてあり、駅員室では私服のおばさんがこちらに一瞥すら向けず編み物に集中している。声をかけるのも違う雰囲気だったので、切符を見せることもせず外の喫煙スペースで一服。何やら駅の工事をしている。
同じく敦賀行きであろう旅行者たちが集まる待合室に入ると、自転車が置いてあったり、マンガも並べてある。

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15:18

敦賀から今し方通過した鯖江まで、一定に均等に同質のさびれ具合で、なんだか怖い。ファミマで缶ビールを買う。もんじゅ敦賀発電所のイメージからか。敦賀駅前は怖かった。構内や待合室には人も多く暖房も効いているのに、一歩外に出るとだだっ広い幅の道路を車が無機質に走っていた。
もうしばらく、電車の中には数時間来の顔馴染みも混じる観光客の姿しか見えず、地元民らしき乗客が見当たらないのも落ち着かない。明らかに背景から浮いているフォルムの建物が車窓から見えて、武生特殊鋼材ドリームサッカー場というらしい。

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15:47

待ち合わせのため福井駅で下車。駅前のハピリンという商業施設には2店舗ほど(がぶりチキン)が入っている小さなフードコートやアンテナショップが並び、こういうところで高校生や中学生がたまっている光景を久しぶりに見た。
最上階の、福井駅周辺が見渡せる、天井から床までの大きなガラス窓にもたれかかる形で地べたに座っている女子高生がいてうれしかった。地元でよく目にしていた光景。誰も知らないご当地CMポップスみたいな曲が控えめな音量でかかっていたのも センター街とは全く違う。

さっきまでなぜか心配していたけど、ある程度栄えているみたいでよかった。

ハピリンの前にかかっている大きな電光掲示板に”首都圏 正念場の二週間始まる”とあって、自分が今福井にいるのだと思った。

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